『ファミリービジネスにおけるダイバーシティ経営』 第十四回 女性の採用と女性活躍について 後編

法政大学IM総研ファミリービジネス研究部会 特任研究員
中小企業診断士 
ダイバーシティイノベーション株式会社 CEO 榎本典嗣

本コラムは、中小企業診断士であり、長年中堅・中小企業の経営支援に携わってきた榎本と同じく中小企業診断士でもあり、社会保険労務士・行政書士として中小企業の人事戦略を支援してきた瑞慶覧と連載していきます。

コラムは6月より約半年に渡り、毎週月曜日に配信を行う予定にしております。

第十四回 女性の採用と女性活躍について 後編

前編では女性の採用や活用に注目する背景、女性が働きやすい環境について説明してきました。後編となる第14回コラムでは、採用した後に女性活躍を実現するためのポイントや、ダイバーシティ経営の実践事例についてご紹介します。

女性活躍実現のポイント

ダイバーシティ経営を推進するにあたり、入口である採用を強化することは勿論ですが、採用後に人材が力を十分に発揮できるインクルージョンな環境を作ることが何よりも大切です。

なかでも女性をフォーカスしたときに、押さえるべきポイントは女性に特化したキャリア形成のための学習や、実践の場を提供することが考えられます。キャリア形成の場を用意することで、管理職などへの意識の低い女性であってもキャリアアップについて自然と学ぶことができ、自身の今後のライフプランを考える機会を提供できるようになります。

その際、ライフプランを考える上でのポイントの一つが、出産という一大イベントです。以前の日本では、出産後に職場復帰した女性が、短時間勤務や育児などを理由に責任の軽い仕事を任されるなどして出世コースから外され、昇進や昇給が難しくなる「マミートラック」は当然のように行われてきました。

マミートラックは今の世の中でも根強く残っており、以下の表からもマミートラックに該当する女性の割合は、女性全体で46.6%、総合職で約4割に及ぶことが分かります。

(出所)21世紀職業財団 子どものいるミレニアル世代夫婦のキャリア意識に関する調査研究(2022年)

また、今年8月に発表された帝国データバンクの資料では、日本における女性管理職の割合は過去最高になったにも関わらず、女性が占める割合は10%を超えていない現状を露にしました。更に、注目すべき指標として、女性管理職がゼロである企業がおよそ半数に及び、この状態が3年以上も変わらず推移していることが挙げられます。未だに、女性管理職が全くいない企業があるということに驚きを覚えますが、加えて約半数を占める比率には圧倒されます。

上述してきたように、マミートラックや、女性の管理職登用の現実を改めて確認すると、女性のキャリア形成に対する支援は十分とは言い難いものがあります。つまりこうした状況は、これまで日本全体が女性に対するキャリア形成を行うための施策を積極的に実施してこなかったことの現れであると考えられます。

しかし、全ての起業が何もしてこなかった訳ではありません。働きやすい会社ランキングの上位にいる会社では、実際に女性活躍を意識した様々な取組みが行われています。そこでここでは2つの事例を紹介します。

株式会社ヤクルトでは、入社して8年目までに原則全員が参加する「グローバルインターンシップ」があり、2週間の海外現地法人にて研修を実施することで、海外で活躍できる人材の育成を目指すキャリア形成の場が設けられています。また、株式会社しまむらでは、能力があるもののフルタイムで働くことが困難な主婦層を想定した「M社員(パート社員)」制度により、M社員から店長への登用、さらにはブロックマネージャーなどさらに上位職へもチャレンジできる環境を用意しています。

女性活躍二つ目のポイントは現管理職を含めた職場全体の意識改革や教育の提供です。

教育は当然必要なわけですが、前提としてまず、アンコンシャスバイアスの排除が重要です。アンコンシャスバイアスとは、「無意識の思い込み、偏見」と訳され、誰かと話すときや接するときに、これまでに経験したことや、見聞きしたことに照らし合わせて、「この人は○○だからこうだろう」「ふつう○○だからこうだろう」というように、あらゆるものを「自分なりに解釈する」という脳の機能によって引き起こされるものを指します。

身近なアンコンシャス・バイアスの例としては

  • 体力的にハードな仕事を女性に頼むのは可哀そうだと思う
  • お茶出し、受付対応、事務職、保育士というと、女性を思い浮かべる
  • 「親が単身赴任中」というと、父親を想像する
  • こどもが病気になったときは母親が休んだほうがいいと思う

こういったことが挙げられます。皆様も「あっ」と思う部分があるのではないでしょうか。

そして、女性活躍を推進する風土作りのためには、アンコンシャスバイアス排除も含めて、管理職や役員に対して、ダイバーシティ経営の効果や影響に関する学習機会を提供することが必要です。女性活躍を推進するための土壌作りの第一歩となります。

女性がキャリアアップする上で、影響を与える要因の一つは上司の言動や行動と言われています。潜在能力を引き出すのは上司の役目の一つであり、キャリアの道標となる一番身近な存在です。その上司が、部下、特に女性のキャリアアップに対する正しい認識を持つことは、女性活躍を実現する上では欠かせない要素となります。また、身近にロールモデルを配置することも、女性活躍を促すための意識改革には重要な要素であることは、前編で述べてきた通りです。

ここまで、女性活躍推進のポイントとして、キャリア形成の場作りと、職場全体の意識改革の必要性を述べてきました。昭和の男性社会の名残がまだ何となく残っている日本において、女性活躍を推進していくには、経営層が意識して制度設計をすることがダイバーシティ経営推進のキーとなるのです。

ダイバーシティ経営 女性活躍事例の紹介

ここではダイバーシティ経営のお手本とも言える事例を1つ紹介します。今回紹介する大橋運輸様は経済産業省によるダイバーシティ100選(令和2年度版)に選定された企業となります。

大橋運輸様の具体的な取組みをご紹介します。まず2010年に女性活躍推進に関する取組を開始したのが起点となります。2017年、女性管理職を初めて登用、2020年には女性常務を監査役へ配置しています。2016年には「多種多様な人材がその属性にかかわらず互いに尊重し合い、持てる能力を最大に発揮し、お客様や地域に貢献できるような職場環境づくりを実践する」というダイバーシティポリシーを制定しました。

加えて、ダイバーシティ推進室の設置、経営者による定期的なメッセージの発信、制度として短時間勤務制度・育児休業制度・海外赴任休職制度などを整備、管理職登用基準の見直しも行っています。

経済産業省 ダイバーシティ100選(令和2年度版)

これらの施策の効果として、2010年当時経営課題となっていた「人手不足」の問題は、ダイバーシティ経営を進めることで求人応募数が増加し解消しています。また、多様な人材の活躍を促すことで従来のビジネスモデルからの転換を実現し、右肩上がりの成長を遂げています。多様性を企業活動に活かすことで会社が成長し、魅力的な人材が集まる、そして会社がさらに成長する、という好循環サイクルを確立しているのが大橋運輸様のダイバーシティ経営の強みとなります。

第13回、14回では女性の採用や活躍に関してフォーカスを当ててきました。ダイバーシティ経営の推進を考えた時に、「女性」は最も重視すべきカテゴリーの一つと言えます。日本においては、まだまだ女性活躍の場が提供できていないことに加え、女性活躍を支えるための制度の整備も進んでいないのが現状です。特に中小企業においては、なかなか手が回っていないケースが多く見て取れます。しかし中小企業だからこそ、女性の活躍を推進する必要があると考えます。今以上に女性活躍を実践することは、単に労働力確保に留まらず、VUCAと言われるグルーバル社会において、多様な文化やライフサイクルの変化に対応するための重要な経営課題となり得るのです。

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