『ファミリービジネスにおけるダイバーシティ経営』 第七回 幹部候補のモチベーションの低さと向上策

法政大学IM総研ファミリービジネス研究部会 特任研究員
中小企業診断士 榎本典嗣

本コラムは、中小企業診断士であり、長年中堅・中小企業の経営支援に携わってきた榎本と、同じく中小企業診断士でもあり、社会保険労務士・行政書士として中小企業の人事戦略を支援してきた瑞慶覧と交互に連載していきます。

目次

第七回 幹部候補のモチベーションの低さと向上策

日本人の管理職へのモチベーションの低さ!これには驚きを通り越し、危機感すら感じます。

2022年11月、パーソル総合研究所が「グローバル就業調査・成長意識調査(2022年)」を発表しました。本調査内容は世界18か国における主要な都市で働く実態や意識調査、成長意思、就業意向となっています。

この資料において注目すべき点の一つが、「管理職になりたいか」という質問に対する日本の順位でした。結果は18か国断トツの最下位となる19.8%。女性に至っては、わずか13.8%という結果となっています。(全体平均は64.3%。女性全体の平均は53.8%)

さらに、若年層の管理職になりたい人の割合においても、全体の平均が69.0%に対して、日本は33.7%という結果でした。特に、女性や若年層において全18か国の中で断トツ最下位であることが気に掛かります。

最下位の原因に関して、特別にレビューは無かったのですが、近年のワークライフバランスの考え方の変化や、管理職が魅力的に映らない企業内の構造の問題などが考えられる気がしています。また、この結果からは、私の中では大きく2つのことが頭に浮かびました。まず1つ目は、女性や若手にとって働きやすい環境が、整備されていないのではないかということ。そして2つ目は、成長意欲が感じられないこの結果は、日本の国力低下に結びつくかもしれない大問題であるということです。

また、ダイバーシティ&インクルージョンの指標においても、日本は突出して低い数値が出ています。先ほど触れた、「女性」、「若手」だけでなく「人種的・民族的マイノリティ」、「外国人労働者」の分野では平均を大幅に下回っています。また、「若手」よりも「シニア層」の働きやすさが上回っていることも、良いことなのか悪いことなのか判断に苦しみます。

ダイバーシティ経営を促進するためには、女性、若手、外国人、障がい者など様々な立場の方々が活躍してもらうことを前提に進める必要があります。人手不足が叫ばれる日本の未来においては、彼らが働きやすい環境を作ることは企業にとって必須の事項となります。

特に、直近女性活躍を推進しなければならない企業において、管理職になりたい女性が13%しかいないという数字には危機感を抱かなくてはなりません。この結果から考えると、今のまま無理やり女性管理職や女性役員を増加させるのは、だいぶ無理があるように思えます。2030年までに女性役員比率を3割へという政府の目標は、絵にかいた餅となる可能性を強く感じます。

第5回コラムでダイバーシティ経営の進め方について触れてきましたが、更にもう一歩踏み込んで検討しなくてはならないことは、今回の結果を受けて管理職や役員になる女性のモチベーションを向上させることにあります。やりたい!と思うような人材が存在しない中で、女性管理職を増やすことには厳しい状況にあります。また、モチベーションの無いメンバーを幹部に採用しても、イノベーションを起こすことは難しいことが容易に想像されます。

そこで、本ブログでは幹部候補のモチベーション向上を図るための施策に関して3つの案を提案します。

  • サクセッションプラン(Succession plan)の導入
    サクセッションプランとは後継者育成プランのことを指し、経営者や幹部候補となる人材を抜擢し育成する人材育成プランとなります。一般的なタレントマネジメントと違うのは、経営層が自ら主導し、幹部候補者に対して経営層の考え方や視点をもって育成します。ファーストリテイリングの柳井正社長は、このサクセッションプランを早くから実践している経営者の一人となります。
    サクセッションプランを導入するメリットは、幹部への道を早くから示し、育成することで社員のモチベーションの向上が図れます。また、早い段階から実施することで候補者は出産などのライフプランを立てやすくなり、優秀な社員の離職防止にも繋がります。
  • 多様なロールモデルを採用する
    「女性の活躍推進/仕事と家庭の両立支援を阻む障害」(株式会社mog Web調査)のアンケートにおいて、圧倒的多数の回答として出てきたのが、「ロールモデルになりうる女性従業員の不足」でした。また、「ロールモデルとなる女性従業員の積極採用が無い」もその次に多い回答となっています。
    この調査結果は、研修や女性登用の制度を整えるだけでは不十分であり、さまざまな環境やスタイルで活用する、ロールモデルの存在が必要であることを語っています。サクセッションプランのように、自社内で幹部候補を育てる仕組みを作ることも必要ですが、外部からの採用も活用することで、早期に多様性をもった環境の構築が可能となり、既存の女性社員のモチベーション向上にも影響を与えることができます。
  • 全方位型研修の実施
    幹部候補者向けに早期から研修を実践することは大切です。また、管理職や役員に求められるスキルは多岐に渡り、社内の経営者だけでなく、社内外問わず様々な有識者から教えを乞うことは、次世代リーダーにとって貴重な機会となります。
    更に、ダイバーシティ経営を浸透させるために大切なことは、幹部候補者向けだけでなく、経営層や管理職向けの取組みを活性化させることです。上位マネジメントは社員とのエンゲージメント向上に大きな影響を与えます。上位層によるダイバーシティマネジメントを推進する姿は、幹部候補者のモチベーションを向上させることに繋がります。

この3つの提案がどれだけ効果を生むかに関しては、明確な検証結果が無いため現状は分かっておりません。ただし、早めの幹部向け研修の運用や、ロールモデルの採用など、来たるべきダイバーシティ全盛時代に向けて、手を付けられるところから進めていくことが大切ではないでしょうか。

最後に、一つ事例を紹介します。経済産の業省が主催する「新・ダイバーシティ経営企業100選」の令和2年度100選プライムに選定された「日本ユニシス(現社名:BIPROGY株式会社)」の事例です。

まず、同社では中期経営計画にダイバーシティ推進を重点施策として明記、ガバナンス体制にも反映しトップダウンの推進力強化を図っています。また経営陣の取組みだけでなく、管理職や一般社員に向けた現場の取組みや、情報発信や対話による外部コミュニケーションにも力を入れています。

研修においては、中間管理職層に対して、バイアスコントロールや、部下の両立支援・指導をテーマにした研修の必須化や、コーチングプログラムを2016年度から導入しています。主体的なマネジメントスタイルへの変革を促すことで、現場主導のダイバーシティ推進を実践するための行動変容が成されています。

具体的なモチベーション向上及び女性抜擢の成果としては、エンゲージメントスコアが2015年に比べ12.5ポイント向上し「女性管理職比率10%以上(2020年度末)」の目標値については、2019 年度の7.4%(45人)から、2020年7月時点で10.2%(66人)を達成し、業界平均である8.0%を上回っています。また、企業の業績においても当期純利益において5期連続で過去最高益を更新しています。

第7回は、日本における管理職に対するモチベーションの低さと、モチベーション向上のための施策について書いてきました。パーソル総合研究所のデータは日本における問題点を多くさらけ出し、働き方に関して一石を投じてくれたと感じています。一方で日本ユニシスのように、全社でダイバーシティ経営を掲げ推進ができている企業も出てきております。「新・ダイバーシティ経営企業100選」の中では、中小企業においても、先進的でユニークな内容で多様なダイバーシティ経営を展開している企業が多くあります。中小企業を中心とするファミリービジネスにおいても、多様性を取り入れるための多くの取組みを推進していかなければなりません。

2023年8月23日(水)法政大学IM総研ファミリービジネス研究部会のセミナーを開催します。
◇セミナータイトル
ファミリービジネスの未来を築く ~成功へと導く2つの鍵~】
 第二部『喫緊の経営課題となったダイバーシティ経営』 
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