中小企業診断士・特定社会保険労務士・行政書士
COO 瑞慶覧 拓矢
本コラムは、中小企業診断士・社会保険労務士・行政書士として中小企業の人事戦略を支援してきた瑞慶覧と、中小企業診断士であり、長年中堅・中小企業の経営支援に携わってきた榎本の2人で連載していきます。
コラムは6月より約半年に渡り、毎週月曜日に配信を行う予定にしております。
第十六回 障がい者の採用と活躍について 後編
ダイバーシティとは「多様性」を意味する通り、ダイバーシティを意識した採用を検討する際には、女性、高齢者、障がい者、外国人など、それぞれのカテゴリーにおいて対策を検討しなくてはなりません。
本コラムでは、前回と今回の2回にわたって障がい者雇用について説明します。 前半は障がい者雇用、確保について説明しました。今回は障がい者の活躍、定着について説明していきます。
日本の労働市場における、人材不足はこれまでの会で説明した通りですが、その中でもデジタル人材不足は社会的な問題となっています。
障がい者雇用においては、障がい者雇用を行うために仕事を創り出すという観点が先行しますが、野村総合研究所が令和4年3月に発表した調査、「イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査」では、「発達障害のある人が持つ特性(発達特性)は、パターン認識、記憶、数学といった分野の特殊な能力と表裏一体である可能性が最近の研究で示されており、特にデータアナリティクスや IT サービス開発といったデジタル分野の業務は、ニューロダイバースな人材の特性とうまく適合する可能性が指摘されている。」と報告されており、デジタル分野においては障がい者がより高い能力を発揮すること分かっています。
そのことが分かるデータとして、Googleの障がい者の雇用率は2019年から2023年までの直近の5年間を見るといずれも5%を超えており、世界を代表するIT企業が積極的に障害者雇用を行っていることもその証左と言えるでしょう。
更に、前回のコラムで紹介した、IKEAは発祥の地であるスウェーデンは障害者の労働参加率と就業率は世界で最も高い水準にある国となっていますが、前回のコラムで紹介した、日本における、障がい者雇用率制度や、障害者雇用納付金制度など、ある一定数の障害者の
雇用を各企業や組織に義務付ける障害者割当雇用制度は存在せず、スウェーデンでは障害者を雇用することを法律で義務付けられていません。スウェーデンの障害者労働市場[福島 淑彦,2019]では、スウェーデンで長期に渡って障害者の高い水準での労働参加の実現に寄与している要因として、スウェーデン人・スウェーデン社会において、インクルージョン(Inclusion)という理念が社会に浸透していることが障害者の高い水準での労働参加を実現しているのである。と結論づけています。
日本においては、社会的責任、法令遵守という文脈で障がい者を受け入れている企業が多い状況ではありますが、現行の制度を通じて障がい者を雇用し、定着、活躍してもらい続けることで、ゆくゆくはIKEAの様に障がい者雇用を技術開発に取り入れイノベーションを起こすことなどに繋がっていくことが考えられます。
一方で、前出の野村総合研究所の調査では、「これらの人材は、発達特性により、コミュニケーションが不得手であったり、条件が揃わないと集中力が続かなかったりすることもあるため、企業組織内でその能力を十分に発揮するためには、周囲の支援や配慮も必要」とも指摘されています。」と報告されており、採用、確保の観点だけでなく、今回紹介する定着、活躍の観点も非常に重要な観点であると言えるでしょう。
では、ここからは障がい者をどのように、定着、活躍してもらうように職場の環境や組織文化を醸成すれば良いのかを事例を交えて説明していきます。
まず初めに公益社団法人全国重度障害者雇用事業所協会の障害者活躍企業事例集で紹介している、ハウスあいファクトリー株式会社の事例を紹介します。
この会社では、設立当初、障害者や健常者のパートタイマーは職責者や指導員からの指示待ちが多く、職場の活気も低いという課題がありました。そこで、親会社で実施している「HPS(House Production system)活動」をアレンジして、障害者や健常者のパートタイマーが参加する改善活動を開始したことで、障害者が全員参加する改善活動が定着し、コミュニケーションも活発に行われるようになり、ボトムアップの改善活動や提案が増えたという事例があります。組織の課題に対して会社としてきちんと向き合うことで、障がい者のみならず、健常者含めた職場環境の向上、コミュニケーションが活発化した好事例といえるでしょう。同事例集で紹介されている、株式会社広島情報シンフォニーも同様です。同社では、社員がより働きやすい会社にするため、障害者と健常者が共生する仕組みを構築することが課題でした。それに対して、社内プロジェクトを立ち上げ、社外の障害のある方による講演や障害を理解するための研修等の実施や、社員の意識を調査するためのアンケート実施、障害者を積極的に雇用している他県の企業等を経営陣や障害者と健常者が年 1 回訪問し、参考となる制度や設備を積極的に取り入れていく取り組みを行いました。それにより、障害者と健常者両者の視点を取り入れた定期的な研修を実施することで、社員の間に共生意識が芽生え、また、障害の特性や必要な配慮等、不透明だったことがクリアになった結果、社員同士のコミュニケーションがより円滑になる効果がありました。
ここて紹介した事例は、今は未だめざましいイノベーションを起こした事例とは言いがたいかもしれません。
しかし、障がい者と健常者、両方の視点でコミュニケーションをとり、改善案や提案が生まれることは、まさにインクルージョン(包括、一体感)が実現した組織風土であり、イノベーションを生み出すポテンシャルをもった取り組みと言えるでしょう。
ここまでで、障がい者と健常者が一丸となった取り組みにより、職場環境の向上、コミュニケーションが円滑な組織風土の醸成がされた事例を紹介しましたが、全ての企業において必ずしも同じ取り組みがマッチするとは限りません。
そこで、最後に中小事業主全体で障害者雇用の取組が一層進展することを目的として、政府が設置した、障害者雇用に関する優良な中小事業主に対する認定制度を紹介します。
もちろん、認定を受けることを目指すことが最善ではありますが、まずはどのような枠組み、観点で捉えて行けばいいのかを検討する材料として確認する方法としてもいいでしょう。
以下は、厚生労働省ホームページから抜粋した、障害者雇用に関する優良な中小事業主の認定制度についての全体の枠組みです。
取組、成果、情報開示の観点から認定基準が構築されており、体制づくり、仕事づくり、環境づくりから、数的・質的側面からみた成果及びそれらの情報開示の状況から組成されています。
各小項目の評価要素としては、障がい者支援の担当者を設置することのみならず、経営者の参画や障がい者の参画、社内研修の実施などの取り組み状況があげられています。さらには、事業の創出、職務の創出をしているかといった事業面の観点や職場環境(合理的配慮)、キャリア形成の観点があり、本認定制度を活用し制度設計を行うことで多面的な制度づくりが期待できるでしょう。
認定制度に限らず、障がい者の活躍、定着に向けた職場環境整備を通じて、健常者も包含した職場全体の働きやすさに繋がり、インクルージョンの実現、さらにはイノベーションを生み出す組織風土が醸成されていくことが考えられます。
本コラムでは、ダイバーシティ経営に取組む大切さへの気づきや、進めていく上で必要となる様々なファクターを2人の目線で取り上げていきます。