『ファミリービジネスにおけるダイバーシティ経営』 第十八回 高齢者の雇用・活躍について

中小企業診断士・特定社会保険労務士・行政書士
COO 瑞慶覧 拓矢

本コラムは、中小企業診断士・社会保険労務士・行政書士として中小企業の人事戦略を支援してきた瑞慶覧と、中小企業診断士であり、長年中堅・中小企業の経営支援に携わってきた榎本の2人で連載していきます。

コラムは6月より約半年に渡り、毎週月曜日に配信を行う予定にしております。

第十八回 高齢者の雇用・活躍について

ダイバーシティとは「多様性」を意味する通り、ダイバーシティを意識した採用を検討する際には、女性、高齢者、障がい者、外国人など、それぞれのカテゴリーにおいて対策を検討しなくてはなりません。

第18回となる本稿では、高齢者の雇用と活躍について説明していきます。

日本の人口構造は、少子高齢化といわれて久しく、1985年時点で10%程度であった高齢者人口の割合は、直近の2023年時点では29.1%となっており、2050年には約38%になると言われています。しかも高齢者の上昇スピードはさらに加速するという見方が多くを占め、2050年よりも早く高齢者の比率は30%に達するとの見方もあります。

一方、労働市場の状況を俯瞰して見てみると世界における日本の、高齢者就業者数、就業率はいずれも世界的にはトップクラスといわれており、これまで見てきた、女性活躍、障がい者雇用とは異なり、高齢者雇用先進国といえるでしょう。

 しかし、実際労働市場の現場である企業の実態に目を向けてみると、日本ならではの高年齢者雇用の課題もあります。JILPT「高齢者の雇用・採用に関する調査」(2008)では高齢者の雇用の場の確保にあたっての課題について、「特に課題はない」とした企業は28.5%と最も多かったものの、「高年齢社員の担当する仕事を自社内に確保するのが難しい」が27.2%、「管理職社員の扱いが難しい」が25.4%、「定年後も雇用し続けている従業員の処遇の決定が難しい」が20.8%と仕事の割り当てや役職、処遇などについて課題を感じている企業が20%を超えている状況でした。

 これらの課題は、まさに高齢者の雇用と活躍において企業が乗り越えなければならない壁であり、これらの課題をクリアにすることで、一層高齢者の雇用、活躍の推進が考えられます。これらの課題について、一つずつ検討していきます。

まず、高年齢社員の担当する仕事の確保について見ていきます。高年齢者に割り当てる仕事については、現在の事業戦略を見つめなおし、事業戦略に紐づく人事戦略において高年齢者が必要な業務がないか今一度検討する方法が考えられるでしょう。

前述したとおり、日本においては高齢社会と言われ、労働市場においても高齢化しています。しかしこの状況について裏を返せば、企業が相手にしている消費者や顧客においても高齢化が進んでいる状況とも言えます。そのような目線から考えると、外部要因として少子高齢社会と言われている環境変化に順応するために、高齢者の顧客や消費者の目線を事業戦略上取り入れる必要があるかもしれません。事業戦略という大きな枠組みでなくても、長い人生経験を活かしたアドバイスやこれまで蓄積してきた知見を活かせるポジションや業務はどういったものかを検討することで、高齢者が担当する業務の確保ができる可能性があります。

次に、管理職社員の扱いが難しいという点について検討します。この点は、最後に紹介した課題である、定年後、雇用し続けた従業員の処遇の決定が難しいという点と、要因が同じであると考えられるため、まとめて説明します。

前提として、高年齢者の雇用については、高年齢者雇用安定法において、60歳未満の定年禁止と65歳までの雇用確保措置が義務付けられています。さらに、定年を65歳未満と定めている場合、①65歳までの定年の引上げ②定年制の廃止③65歳までの継続雇用制度導入。①~③のうちいずれか1つを導入する必要があります。厚生労働省「高年齢者雇用状況報告」(平成23年6月1日現在)を見てみると、全企業のうち、82.6%が③の継続雇用制度導入を選択しており、制度を導入している企業のうち、希望者全員を継続雇用している企業は43.2%、基準該当者を対象としている企業は56.8%、さらも、基準該当者を対象としているものの、継続雇用希望者全員を対象として継続雇用した企業は31人以上の規模で93%となっていることが示されています。つまり、多くの企業は、処遇が難しい。管理職社員の扱いが難しいと感じているにもかかわらず、定年に達したあと、継続雇用する際に、基準を設けずに継続雇用する、若しくは形骸化した基準により継続雇用を行っていると考えられます。この点、漫然と継続雇用制度を運用するのではなく、会社の方針として、継続雇用する際の職務、権限、役職等の明確化とそれに紐づいた処遇や基準を明確にし、対象となりえる社員に早くから周知徹底することで、企業、従業員双方に納得感のある運用となるでしょう。

最近では、「働かないおじさん」という“若手から見て”生産性が低いにも関わらず役職や権限を持ち、報酬も高いシニア層を指摘するワードがニュースになりました。もちろんすべての事例に当てはまる訳ではありませんが、若手層から見て、シニア層の企業業績に対しての貢献度合いが見えない、または見えにくいことに起因して発生したコミュニケーション摩擦が一つの要因であると考えられます。

形骸化した継続雇用制度の運用、制度適用前後に企業側で感じる、対象社員に対しての「管理職社員の扱いが難しい」、「定年後も雇用し続けている従業員の処遇の決定が難しい」といった課題は、継続雇用制度の対象社員と企業側とのコミュニケーションのズレから、お互いの期待値のズレ、納得感の欠如を引き起こしていることが考えられます。このような状況は、双方にとってストレスとなることのみならず、若手社員に対しても、会社への貢献度が分からないのに高い給与をもらっている「働かないおじさん」が社内にいるという認識を持たれてしまい、高齢者雇用の問題のみならず、組織全体としてモチベーション低下のリスクへと問題が派生していく可能性も考えられるでしょう。そういったリスクに対応するためにも、企業とシニア層での納得感や合意形成だけではなく、日々の業務の設計、人事制度、人事戦略を見つめなおし、方針を示すことで、企業とシニア層の従業員の納得感が形成されることのみならず、組織全体のロイヤリティ向上が実現できるでしょう。

最後に、高齢者雇用を推進することで、新たな事業への推進が実現した例を示します。独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構「競争力を高めるための高齢者雇用」では、「高齢者のなかには体力が低下するなどの理由で、今までの仕事をする のが難しくなる場合があり、 そこで新しい職場や職務を作り、 会社のなかにある仕事を組み直して分業してもらう、あるいは既存事業を超えた新規事業を立ち上げることで高齢者を起用するという視点を紹介しています。以下、具体的事例の一部を紹介します。

  • 60名規模・農業:高齢女性の知恵や経験を活かして、本件業務を支援する子会社に高齢者を配置する
  • 104名規模・運輸業:体力的に運送業務が難しくなった高齢者のためにガソリンスタンドを開設した
  • 29名規模・運輸業:長年家具を扱っていた高齢ドライバー向けに遺品整理サービス業務を開始した

これらは、まさに高齢者雇用を起点とし、日々の業務設計や異なる事業への進出を検討することで、新たな事業への進出を実現した好事例と言えるでしょう。

高齢者雇用は、労働力確保の観点で取り組まれることもありますが、事業創出やダイバーシティ、イノベーション創出の観点でも充分に事業的なメリットを生み出すポテンシャルを持った施策と言えます。

推進にあたって、労働力確保や法令遵守という観点は重要ですが、高齢者雇用をダイバーシティ経営の推進という観点で取り組み、新たなイノベーションを生み出す一施策として検討するといいでしょう。

本コラムでは、ダイバーシティ経営に取組む大切さへの気づきや、進めていく上で必要となる様々なファクターを2人の目線で取り上げていきます。

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